紙や音盤に残った言葉の力・・・の断片を見て思う

こんな感じでSP盤の写真を撮ると、
盤の上に乗っているのは歌詞カードに見えますが、ハガキなんです(笑)

もとは、おばあちゃんの家にあったハガキ
なんですけれども、書類に紛れて出て来ました。
私から見て祖父宛てに送られた
額面5円の郵便はがきで、
送り主は、横浜市会議員の鈴木長之 氏。
もちろん、お名前も存じ上げないです・・・

昭和32年4月23日、
横浜市会選挙記念日に「感謝の日」として
ハガキを送った旨が書かれています。

「あなたは忘れてはおりませんでせうか」の
「せうか」は、「しょうか」のことですけれども、
昭和32年といえば、1957年のことで、
日頃そんな書き方していたんでしょうかね。

子供の頃に、おばあちゃんから聞いた話では、
近所の人達が2階の広間に集まり、
議員さんの演説会をしばしばしていたそうです。
私が生まれるずっと前・・・昭和30年代から40年代前半
の話だと思いますが、私が扱っている音楽もその時代・・・
あるいは、もっと前?という不思議(苦笑)

で、その鈴木長之 氏とは、
どんな人物だったのかと思い、検索してみたら、
大衆文化評論家の指田文夫 氏の2つのブログ位
しかヒットせず。それも、鈴木長之 氏の
御子息が亡くなられた話・・・

鈴木正之さんの死去も書いておく


(リンクさせていただきました)

でも上記に書いた、おばあちゃんの家の2階で
演説会をしていたのは共産党の議員さん達らしいですから、
鈴木長之 氏は違うようです。
祖父(おじいちゃん)が付き合いのあった議員の名前は
聞いていますけれども、あまり詳しくないし、大昔の話です。

その、おばあちゃんの晩年の介護を私がしていた頃、
「まだ10代の孫が、ひとりで祖母の介護をしているらしい」と
近所の人から聞きつけて(私から話を聞きに)来てくれたのも、
横浜市会議員の人達でしたし、
選挙の時には車椅子を用意して、祖母を選挙に
連れて行ってくれたのも共産党の横浜市会議員の方々でした。
その時のことを思えば、当時来てくれた
横浜市会議員さんには感謝してます。

私がちょっとトイレに行った隙に、
「おばあちゃん、お孫さんひとりに身の回りの世話をさせて、
お孫さんが可愛くないの?」って、
女性の横浜市会議員さんが尋ねてましたが、
この時は現在のような制度もありませんし、
もう、どうにもならなかったんですね・・・

60年ほど経った、1枚のはがきから知った
鈴木長之 氏の御名前でした。
こうして年月が経って、過去の出来事として
忘れられて行くのでしょう・・・

※写真右側のSP盤は、農林省畜産局長 村上龍太郎 氏による
「畜産保険の話」です。
一般市販品ではない非売品(配布品)で、昭和6年か7年発表のSP盤。
右から読みます。



ハガキの表の下の部分。
「株式会社マスコット」の宣伝になっていました。

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